……政府は、社会的危機に直面すると、各仏教教団の代表者に協力を求めていたし、仏教教団もまた政府から要請されることを期待していた様子である。大逆事件後の三教会同、国民精神作興に関する詔書の直後の文部大臣の各宗への要請などに、政府からの宗教教団(仏教教団も含め)への期待が隠されていた。
 (一九)六〇年の安保闘争、七〇年代に激化する大学紛争、九五年のオウム真理教事件において、時の政府は、官邸に仏教各宗の代表者を呼び、治安維持と思想善導に協力を求めることはなかった。そのことは、一九四五年の敗戦によって、戦前にあった「近代仏教」の時代がすでに終焉していたことを示していた。「国家神道」と同じように明治維新から敗戦までの期間限定の、国家と仏教教団との関係を探求するための用語として「近代仏教」は再定義される時期に来ている。
近代仏教の時期区分/林淳 季刊日本思想史No.75 2009 特集-近代仏教 ぺりかん社