(一九)六〇年の安保闘争、七〇年代に激化する大学紛争、九五年のオウム真理教事件において、時の政府は、官邸に仏教各宗の代表者を呼び、治安維持と思想善導に協力を求めることはなかった。そのことは、一九四五年の敗戦によって、戦前にあった「近代仏教」の時代がすでに終焉していたことを示していた。「国家神道」と同じように明治維新から敗戦までの期間限定の、国家と仏教教団との関係を探求するための用語として「近代仏教」は再定義される時期に来ている。
誰が救世主になるのかという問題は、イスラーム教のメシア論を考える際にもっとも重要なテーマであるが、クルアーンにおいてマスィーフと称されるイエスを救世主とする見方は、もっとも蓋然性の高い解釈であろう。クルアーンの中で救世主的な役割が示唆される人物は、イエス以外にはいないからである。マフディーという語は使われていないが、左記のようにイエス=救世主説を指示するハディースは多い。
アッラーに誓って。マリアの息子(イエス)は必ず公正な裁き人として天より下り来たり、十字架を打ち壊し、豚を殺し、ジズヤ(異教徒に課される人頭税)を撤廃し、若いめすらくだを解き放ってしまうだろう。そしてまたどこにもそれらを使ってザカート(喜捨税)を集めようと努力する者はいなくなるだろう。恨みや憎しみ、また嫉み合いは消え去り、彼が人々に富を分け与えようと呼びかけても、だれ一人としてそれを受取る者はいない有様となるだろう。(ムスリム 二〇〇一、一巻、一一四~一一五)
天から舞い降りるイエスは、「大いなる権力と栄光をもって、雲に乗って来る」イエスの再臨(『ルカ福音書』二一章二七節)を彷彿とさせるが、十字架を破壊するイエス像にはキリスト教徒も顔色を失うだろう。このハディースはキリスト教のイエス=メシア像を基礎としながらも、イスラーム教徒にとってはムハンマド以前の預言者であるイエスのイメージをイスラーム教化しており、十字架の破壊、豚の殺戮、異教徒への人頭税の撤廃といった役割が彼に帰されている。また、精神的な救済よりむしろ物資的な反映を与えてくれる救世主のイメージは、初期のマフディー・ハディースによく見られる要素である。
父親の子育てを推進する団体、「ファザーリングジャパン」も保育所の最低基準の緩和に反対の意見を、厚生労働大臣と少子化担当大臣に出しています。
子育て支援の充実という全体像の中で意見をしているところがなおよいのではないかと思います。
内容は、
①ワークライフバランスの推進について
②保育所待機児童の解消について→ここで最低基準の緩和に反対を述べています
③父子家庭の児童扶養手当の支給について→母子家庭を対象にしているものから父子家庭も加えひとり親家庭に対する所得政策にするよう求めています。
④子ども手当の支給について→所得制限を設けよということ
②はこれまで何度も縷々書いてきたので技術的な論評を避けますが、比較的、社会的趨勢に反発することのなかったこの団体までが危惧を感じていることの重みを受け止めてほしいと思います。
③については、最近問題になってきていることです。
ひとり親で貧困な場合、母子家庭には国の出す手当が支給されて、父子家庭には出ないという問題です。
かつては、男性ひとり親の所得は低くないから不要である、とフェミニストにまで含めて一蹴されてきたものですが、正社員の勤務環境が厳しくなる中で、仕事を制限せざるを得ないひとり親の父親が低賃金労働に従事せざるを得なくなっている世相を表しているのではないかと思います。
余談ですが、朝霞市では、児童扶養手当と同水準の父子家庭に対する手当制度を、議会の決議を受けて制度化しています。
与党2会派(自民系の進政会と民主系の明政会)の反対はありながらも決議、その後の条例化された案ともに可決され、自治体独自の施策として4月にスタートしています。政治的には朝霞市にとって野党系会派が提案した施策が実現した初の事例でした。財源的には、人口12万人程度の市で、400万円もあれば実現できる政策です。