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 誰が救世主になるのかという問題は、イスラーム教のメシア論を考える際にもっとも重要なテーマであるが、クルアーンにおいてマスィーフと称されるイエスを救世主とする見方は、もっとも蓋然性の高い解釈であろう。クルアーンの中で救世主的な役割が示唆される人物は、イエス以外にはいないからである。マフディーという語は使われていないが、左記のようにイエス=救世主説を指示するハディースは多い。

 アッラーに誓って。マリアの息子(イエス)は必ず公正な裁き人として天より下り来たり、十字架を打ち壊し、豚を殺し、ジズヤ(異教徒に課される人頭税)を撤廃し、若いめすらくだを解き放ってしまうだろう。そしてまたどこにもそれらを使ってザカート(喜捨税)を集めようと努力する者はいなくなるだろう。恨みや憎しみ、また嫉み合いは消え去り、彼が人々に富を分け与えようと呼びかけても、だれ一人としてそれを受取る者はいない有様となるだろう。(ムスリム 二〇〇一、一巻、一一四~一一五)

 天から舞い降りるイエスは、「大いなる権力と栄光をもって、雲に乗って来る」イエスの再臨(『ルカ福音書』二一章二七節)を彷彿とさせるが、十字架を破壊するイエス像にはキリスト教徒も顔色を失うだろう。このハディースはキリスト教のイエス=メシア像を基礎としながらも、イスラーム教徒にとってはムハンマド以前の預言者であるイエスのイメージをイスラーム教化しており、十字架の破壊、豚の殺戮、異教徒への人頭税の撤廃といった役割が彼に帰されている。また、精神的な救済よりむしろ物資的な反映を与えてくれる救世主のイメージは、初期のマフディー・ハディースによく見られる要素である。

父親の子育てを推進する団体、「ファザーリングジャパン」も保育所の最低基準の緩和に反対の意見を、厚生労働大臣と少子化担当大臣に出しています。

子育て支援の充実という全体像の中で意見をしているところがなおよいのではないかと思います。

内容は、
①ワークライフバランスの推進について
②保育所待機児童の解消について→ここで最低基準の緩和に反対を述べています
③父子家庭の児童扶養手当の支給について→母子家庭を対象にしているものから父子家庭も加えひとり親家庭に対する所得政策にするよう求めています。
④子ども手当の支給について→所得制限を設けよということ


②はこれまで何度も縷々書いてきたので技術的な論評を避けますが、比較的、社会的趨勢に反発することのなかったこの団体までが危惧を感じていることの重みを受け止めてほしいと思います。

③については、最近問題になってきていることです。
ひとり親で貧困な場合、母子家庭には国の出す手当が支給されて、父子家庭には出ないという問題です。
かつては、男性ひとり親の所得は低くないから不要である、とフェミニストにまで含めて一蹴されてきたものですが、正社員の勤務環境が厳しくなる中で、仕事を制限せざるを得ないひとり親の父親が低賃金労働に従事せざるを得なくなっている世相を表しているのではないかと思います。

余談ですが、朝霞市では、児童扶養手当と同水準の父子家庭に対する手当制度を、議会の決議を受けて制度化しています。
与党2会派(自民系の進政会と民主系の明政会)の反対はありながらも決議、その後の条例化された案ともに可決され、自治体独自の施策として4月にスタートしています。政治的には朝霞市にとって野党系会派が提案した施策が実現した初の事例でした。財源的には、人口12万人程度の市で、400万円もあれば実現できる政策です。

・プロンプター
カメラの画面に原稿が映るのですが、
目が霞んできて
「年内」が「牛肉」に見えたりすることもあり、
びっくりしました。
気をつけます。
『仏陀再誕』は統合失調症とその宗教による治療の物語であり、この特殊な物語を広めるために幸福の科学の方々が必死になってチケットを配りまわっている。
幸福の科学は以前にも多くの映画やマンガ、書籍などを発行しています。
それぞれ様々な方法で団体の思想などを説明しようとしていますが
どれもとりとめが無く、統一性に欠け、適当に誤魔化そうとしています。
しかし、ただ一つ共通することがあります。
すなわち、大川総裁こそ「キリスト」やら「仏陀」やら「如来」やらの生まれ変わりであり
どんな理屈であろうと、とにかく偉い、ということです。
つまり、この映画の「仏陀」も彼を虚飾するファクターに過ぎず
その言葉の定義や内容には一切意味が無いのです。
整合性なんて端から求めていない、ということです。

なぜ人間は宗教を求めるのか。これは僕の持論ですが、人間は唯一死ぬことを知っている。自分はやがて消える。怖い。宗教は死後の世界を担保します。死んだあともこういう世界が待っている。だから安心して生を全うしなさい、というのが宗教の働き。それが嘘か本当かは別にしても、それがあるから人間は安心してこの生を全うできる。宗教は生と死を韜晦する。あるいは転倒してしまう。自分に対して生と死が転換してしまうと、他者に対してもそうなる。ジハード、もしくは自爆。簡単に人を殺すことができる。宗教は戦争と結びつきが強い。とても怖いが人間にとって必要なものです。

 まさしくオウムがそうですね。ポワという言葉がありました。殺してあげる。当時はとんでも世迷言とみんな言っていたが、あれは宗教の真髄です。彼らは本気で殺して幸せにしてあげようと思った。僕らから見ると、とんでもない矛盾ですが、彼らの次元から見ると整合性のある論理になる。第2次大戦のとき、日本中の在来宗教全部が戦争に協力しました。とくに一番協力したのは浄土真宗。総本山が出した布告があります。悪い英米をちょうやくして立派な人たちに生まれ返らせてあげましょう。これはポワです。